阿部一二三 詩 兄妹の柔道についての、三男分析。超マニアックすぎるので柔道関係者限定。 [スポーツ理論・スポーツ批評]

 世界柔道二日目を、桐蔭学園柔道部→早稲田大学(柔道会)出身の三男と観に行った。三男は大学時代、スポーツ専門チャンネルJsportsで放送されるグランドスラム、グランプリの放送前のフル国際映像を見て、全試合の決まり技を検討決定記録するアルバイトをしていたりしたので、日本だけではなく、世界の柔道のトレンドや情報にも詳しい。柔道の強さという意味では、桐蔭でも団体戦レギュラーには入れない、主力選手の付き人、練習パートナーをしながら自分の練習をする、という立場だった。81キロ級神奈川で何度かベスト8になった程度。桐蔭・相模のシード選手にはまず勝てないが、他の高校の選手にはまず負けない、というくらいの強さだった。(良い方も悪い方もときどき番狂わせはあった。)
中学時代は一学年下の同階級に、小中高と日本一になった山本幸紀がいて、全く歯が立たなかったが、日々、ともに練習した。城志郎も、もちろん同学年にいて、日々練習していた。高校時代は、最終的にシニアで世界のトップレベルになった選手たちの付き人や練習パートナーを務めていた。(一学年上の丸山選手の兄、剛毅選手や、同学年の韓国の、世界チャンピオン アンチャンリンのパートナーを務めていた。) 日本の、世界のトップを争う選手たちの技を、強さを日々体で感じることはしていた。
 そうした現役時代の「体でわかっていること」+、大学になっての、「世界の、日本のトップクラスの試合を、膨大な量、見て、分析する」という体験が合わさって、三男の柔道を見て分析して言語化する能力は、非常に高いと、わが子のことながら感心する。(親ばかだが。)中学の時の桐蔭の入試も、大学受験、早稲田にも(柔道の実績がなかったからということもあるが)、スポーツ推薦や推薦入試ではなく、普通に受験をして進学しているので、まあまあ普通に勉強もできるのである。
 
そんな三男が、試合を観戦しながら、阿部詩・一二三兄妹の柔道を分析解説してくれた内容が面白かった。私自身は、柔道は、この三男の付き添いをして近所の道場で見ているうちにやりたくなって、40歳になってから黒帯を取った、ほぼ素人。そのかわり、いろいろな格闘技を若いころから打撃系も含めちょろちょろとかじってきたので、そういう視点から、いろいろ意見を言って、およそ二人でこんな会話をした。忘れないうちに書いておこうと思う。

 相手が、阿部の釣り手を落とそうとする。阿部が釣り手を取ろうとする手の袖を持って、襟をつかませまいとする。阿部が引き手は持っている。この形は見た目「両袖」=両方の手とも袖を引きあっている状態。

 まず特徴は、両方が袖であっても、どちらも、両回りで袖釣りが楽にできるので、両袖が全く苦にならない。つまり、釣り手を落とすことに対戦相手が苦心集中しても全く効果がない。袖釣りも、腰に巻き付ける正当な袖釣り、背負いのようにまっすぐ気味に入るもの、内股のように足を使うものなど、多彩な投げ方ができる。
 こうして浮かせた相手を、正しい方向に空中でコントロールして畳に背中からたたきつける、「空中での投げる方向コントロール」能力が抜群に高い。


 次に、本来、釣り手であり、相手に落とされている手は、無理して袖を握っていなくても大丈夫。むしろ、その状態の方が、相手はまだ組手争い途中だと思っているために、そこからの攻撃が効く。

 両袖になっていても、腕ではなく、「手」の部分は自由になっている。ふつう、相手のどこもつかめていないというのは、柔道では不利なのだが、特に阿部詩の場合はこの状態を全く苦にしない。

 相手は、阿部の釣り手を落とそうと必死に袖をつかんでいる(力を入れて掴んで、離そうとしない)ということは、阿部側からすると、無理に袖をつかまなくても、自由に釣り手側の腕、手を動かすことで、相手の引き手をコントロールできる状態になっているということである。(掴ませた相手の引き手を自由にコントロールする。)

この状態で、袖を相手に掴ませた右手(自分の釣り手側だが、何も持っていない手)を、打撃でアッパーフックの角度で思いきり振りながら内股に入る。この技術自体は他の選手でもすることはある。しかし、他の選手だとなかなか決まらない。

 この釣り手側、フリーな腕の打撃の回転力を使って、体を大きく回転させ、立足を大きく外側に向くまで回して、腰を深く相手の重心下まで差し入れる。この「スピードと角度」が、阿部兄妹は独特なのだ。

 決まらない他の選手と、決まる阿部兄妹の違いは、「足の向き」「体の入る深さ」全体として投げる角度の違いである。

 阿部兄妹の柔道の基本はあきらかに「釣り込み腰」である。「袖」をよく使うのが妹で、順手で使うので、一般には「背負い」と言われる兄一二三の技は、正しくは、袖のつかないただの「釣り込み腰」である。

 いずれも、体側に相手を巻き付けるようにして投げる技。よって
①相手との間に自分の体が回転するスキマを作る必要がある。
②その隙間を、自由な釣り手の、豪快な打撃的動作とスビードで作り出し
③重心を相手の重心下まで一気に回しこみ
④そのために、足の角度は大きく外に開くまで回しており
⑤そうやって浮かせた相手は、きれいに重心下から浮いているので、投げる方向をコントロールしやすくなっており
⑥畳にきれいに背中を叩きつけることができる。

というのが、三男の分析する阿部兄妹の柔道の特徴。

今大会はそれに加え、こうした回転して前に投げる技を警戒されたときには
さきほど言った、自由な(相手に袖をつかませて、自分は相手の襟をつかんでいない自由な)釣り手を打撃的に使い、カウンターパンチを浴びせながら入る足技(大内でも、大外でも、小内でも、入る理合いは一緒)を強化してきた。何試合か、きれいに決まっている。これも、釣り手を取らなくてもOKで、打撃的に使う。

組技格闘技だと思っている柔道の中で、釣り手を取らずに相手に掴ませて、打撃的スピードと勢いで、相手との間合いを作ったり、自分を回転させたりして投げる、という、かなり他の選手とは異質な動作をしているのである。

だから、普段「二本持って投げる」「組んで投げる」という、組技意識しかない選手たちは、対応できずに一方的に負けてしまうのである。

 
以下の動画で見るとよくわかる。
https://www.youtube.com/watch?v=W8euRzwapYQ
 
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城志郎勝った。について考えたこと。 [スポーツ理論・スポーツ批評]

Facebookに投稿したものを転載。

柔道世界選手権二日目の感想。

柔道世界選手権、優勝した丸山城志郎と中高4年間、桐蔭学園柔道部で同期だった三男と応援に武道館に行ってきました。
(四年間と中途半端な長さなのは、城志郎が、中3で相模原の強豪、相原中に一年間転校。高校で桐蔭に戻ってきたものの、高3で沖学園に転校したため。少しでも練習環境に不満なら躊躇なく転校しちゃう勝負の鬼の親子だった。ちなみにお父さんはバルセロナオリンピック代表、今日もテレビに映ってた。)

城志郎が阿部一二三に勝ったときには、私は絶叫、うちの三男は泣いていました。城志郎には一歳年上の兄、剛毅くん、(81キロ級の世界ジュニア王者、シニアでも階級の日本王者になっている)がいて、三男は高校時代、剛毅くんの付き人をずっとやっていたので、丸山兄弟の毎朝の自主練習に一緒にくっついてやっていた。城志郎のことはずっと近くで見ていたので、感極まったのでしょう。

ちなみに決勝の対戦相手、韓国のキムリーマンは、在日三世で、相模原の相原中の一年先輩。中学時代の同門、先輩後輩対決。

ツイッター上には今の日韓関係から、心ない書き込みもありましたが、昔からの仲間同士の、正々堂々とした気持ちの良い決勝でした。キムリーマンと城志郎が中学同門なのは柔道関係者には知られていることですから、フジテレビは、こんなご時世だからこそ、ちゃんとコメントしてほしかったな。

決勝は城志郎はリラックスしてのびのびやっていたので、見ていて不安はなかった。それでも優勝の瞬間は、私はまた絶叫、三男はまた涙。

 あと、阿部の3位決定戦、相手のイタリア、ロンバルドのゴールデンスコア延長での一本(抱き分かれという技)がビデオ判定で取り消されたのは誤審というのが私の印象。少なくとも技ありはあり、その時点でロンバルドの勝ち。会場現地でもブーイングが海外勢のファン、応援団からかなり大きく出ていた。地元びいきの汚い判定と批判されても仕方がない。ロンバルドは世界ジュニア王者で、パリグランドスラムで阿部に勝っている。阿部は、丸山に三連敗、ロンバルドにニ連敗でメダル無しで終わったら、五輪代表争いから大きく後退することになり、大人の事情(JOCの五輪シンボルアスリートとなり、多くの広告主の広告塔になっている。)で、それは避けたい圧力がビデオ判定に働いたのではと勘繰られても仕方ない。(追記 日本唯一の柔道専門サイト ejudo 編集長 昨日も会場で解説をしていた古田英毅氏も、同サイト記事において、明らかに一本があったと書いている。)
 とはいえ、阿部本人には何の咎もない。試合後、阿部が悔し涙を流していたのは、丸山に負けただけでなく、ロンバルドとも判定次第では負けと言われても仕方ない内容だったことを、自分自身がよく分かっていたからだと思う。

阿部一二三本人は、柔道はめちゃくちゃ強いが、髪形も気になる、かっこもつけたい、柔道のこと以外は、そんなに深く考えない、いまどきの若者。そこがいいところだったのに、JOC、電通、そういうオリンピックを盛り上げて商売にしたい大人たちが、阿部一二三に、背負わなくてもいい重圧を背負わせている。これは、本当に可哀そうなことなのではないか。五輪シンボルアスリートの自分が、負けて、五輪代表を逃すことなどあってはならない。取材だの撮影だの、練習以外の雑事にも引っ張りまわされる。いままで私は「メディアも全柔連も、阿部がすでに代表に決まったかのように扱う」ことを、城志郎応援の立場から批判してきたが、阿部一二三側の立場にたっても、それは20歳そこそこの若者に、背負わなくてもいい負担、重圧を押し付けているのではないか。そこから解放してあげて、とにかく、勝負に集中できる環境を作ってあげるべきではないかと思います。

 そんな中、妹、阿部詩は、異次元の強さでした。

三男が阿部兄妹に共通する、かなり特異な、他に類のない技術的特徴を観戦しながら解説してくれたので、それは今度ブログに書こうかと思っています。


この投稿に電通先輩Nさんからの質問
「よく知らなかったけど、遅咲きだというので丸山選手を応援してました。最初に投げを食ってかろうじて足で着地して、だいぶ痛そうだったけど、中盤からは痛みが消えたのかアドレナリンが出たのか、急に体が前に出るようになって勝つ雰囲気が出てきたように見えました。」

それへの私の回答
「 あまりにドラマチックな試合でしたが、なんで急に動けるようになったか、私はこう想像しています。膝の①内副側靭帯を痛めた(が断裂はしていない)と同時に、②昔断裂して手術した十字靭帯の古傷が痛んだのだと思います。私も十字靭帯古傷と、手の親指靭帯損傷古傷を持っていて、何かの拍子にぐきっとやってしまうと激痛でしばらく動けないのですが、あれ、しばらくするとなんとか動けるようになるんです。「靭帯断裂」なら、もう動けないですが、古傷再発激痛だと、そうなんです。そうであるにせよ、激痛の数分間を、指導を2個で、相手の技も食わずに耐えきるのは常人のできることではありません。そういえば、私と三男は、城志郎が十字靭帯断裂の大けがをした何年か前の東京グランドスラムも二人で観戦応援していました。三男は内副側靭帯の完全断裂もしていますが、十字靭帯と違って、うまく治療すると、手術をしなくても回復、再建するのです。今回の優勝で、年末の国内のグランドスラム(大阪)で、城志郎が優勝すると、おそらく五輪代表に内定すると思います。それまでに膝を完治させてほしいなあ。」
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テレビでは全く放送されなかった男子81キロ級の複雑な国際政治的背景。 [スポーツ理論・スポーツ批評]

昨日の男子81キロ級は、柔道と国際政治について、考えさせる非常に難しい状況だった。日本人だけを取り上げるような放送ではなく、男子の決勝トーナメントとともにその状況をきちんと伝える、という放送も、作ろうと思えば作れたのだ。そのことについて、解説します。

 優勝したのがイスラエルのムキ。決勝の相手はベルギーのカッセだったが、この階級の昨年世界王者、今回も優勝候補筆頭だったのは、イランのモラエイ。世界ランクもモラエイが1位、ムキが2位。

昨夜は、イランのモラエイは準決勝でベルギーのカッセに敗れたため、イスラエルのムキとは対戦することはなかった。

 イラン政府は、政治的宗教的に対立関係のあるイスラエル選手との対戦を認めていない。そのため、長くなりますがモラエイ選手についてのWikipediaから引用します。

「グランドスラム・アブダビでは準決勝でベルギーのマティアス・カスと対戦するも、開始早々に左足首を挫いたとして棄権負けになった。しかし、IJFからは今回の一件が決勝でイスラエルのサギ・ムキとの対戦を避けるための虚偽申告だと判断されることはなかった[7][8]。なお、2018年には世界ランキングの年間1位となった[9]。2019年のグランドスラム・パリでは準々決勝で世界ランキング209位に過ぎないカザフスタンのラスラン・ムサエフに開始早々一本背負投で敗れたが、続く準決勝でイスラエルのサギ・ムキと対戦することを避けるための意図的な敗戦だったとの疑いがもたれている。モラエイはその後の3位決定戦でリオデジャネイロオリンピックで優勝したロシアのハサン・ハルムルザエフを小外刈で破った直後に右膝を負傷したというアピールをして医務室に向かったため、今大会で2位になったムキが待つ表彰台に姿を現すことはなかった。この一連の事態にIJF会長であるマリウス・ビゼールはTwitter上で、選手がいかにして敗れたかを説明するのは容易なことではないので、注意深くこのケースを分析して、この問題の正しい解決方法を見出すように努めると述べた。その一方で、選手の望みと国の方針が齟齬を来たす場合、自身や家族の立場を考慮すればモラエイが国の方針に背くのはほとんど不可能だとの見解も示した[10]。グランプリ・フフホトでは決勝で藤原を背負投で破って優勝したが、グランプリ・ザグレブでは準決勝でカナダのアントワーヌ・ヴァロア=フォルティエに技ありで敗れて3位だった[1]。東京で開催される世界選手権に出場予定だったものの、イスラエルの選手と対戦する可能性が少なからずあることから、イスラエル選手との対戦を容認しないイラン政府の政策に従わざるを得ず出場しないとも報じられたが、結果として参加することになった。」

これだけ複雑な事情を抱えていることを考えると、イランのモラエイが、昨夜の準決勝は、きちんとベルギーのカッセと戦った上で負けたのか、それとも勝つとムキと対戦せざるを得ない。それは国が許さない。だから負けたのか。というようなことも、きちんと試合を見て確認したくなります。モラエイは三位決定戦にも負けたのも、ムキと同じ表彰台に乗ることが許されていないからだったのか、ということも、上のWikipediaでの解説によると、可能性としては否定できない。(しかし、さきほどの投稿で説明した通り、今現在、カッセ×モラエイも、三位決定戦も、テレビオンエアはないし、ネット中継は放映権でブロックされていて日本では見られない。見ることが出来た準々決勝までのモラエイは、絶好調で、圧倒的に強い。ベルギーのカッセも好調だったので、準決勝は本当に負けたのかもしれない。しかし、三位決定戦にまで負けるほど調子が悪かっただろうか。疑問は残る。)

スポーツだから、政治的対立を超えて、正々堂々と、という理想が通用しない国と国の対立がある。国が許さない。我を貫こうとすると家族にまで弾圧があるかもしれない。

イスラエルは、現在、非常に柔道が強く、各階級で世界ランク上位の選手が今回も出場している。
イランも、エジプトも柔道強豪国であり、もう一試合の準決勝はエジプトのアプデラールとムキの対戦だった。
中央アジア、ジョージア、アゼルバイジャンや、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスが今大会は非常に強く、この地域も複雑な対立を抱えている。
旧ユーゴ、内戦で複雑な対立関係にあった、ボスニア、コソボ、セルビアからも強豪がたくさん出ている。
ウクライナもロシアも昔から強豪だが、この二国も、実質、戦争といっていい紛争状態にある。
日韓の対立も今、ここ最近ないほど悪化している。

政治的対立を抱えた国選手同士が、それを超えて戦えるのがスポーツの良いところだか、政治的対立の強さがスポーツの中にまで侵入してきてしまうことも、あることなのだ。

「柔道、日本選手頑張れ、勝った、負けた」だけではない、国際政治の在り方と、選手の「参加して、勝ちたい気持ち」の相克というものを、きちんと解説し、伝えることも、昨夜の男子81キロ級は、しようと思えばできたのである。

フジテレビも、見る日本人も、スポーツを見るときは、そういうことを考えない、知ろうともしない、知りたくもない。しかし、スポーツで、普段はよく知らない国の名前に触れるときこそ、そういう国際政治の現在について学ぶ絶好の機会なのだけれどな。

丸山城四郎の対戦相手韓国のキムリーマンが、在日三世で、丸山とは中学の先輩後輩だ、国の対立などとは関係なく正々堂々とした戦いをしたのだ、ということも、解説しようと思えばできるのに、しない。

サッカーのアジアカップでのカタール×UAEの政治対立(UAEの応援団は入国もできなかったので、観客席は100%カタールの応援だったこと)なども、触れられることはなかった。

スポーツの国際大会というのは、できれば政治的対立からは自由な場であってほしいが、そうもいかない厳しい現実がある。NHK大河ドラマ「いだてん」で、まさに今、扱っているテーマでもある。そういうことをちらとでも考えさせるような、選手と国の紹介VTRだって、作ろうと思えば作れたはずである。

アホアホなフジテレビのスポーツ部門には、ちょっと難しすぎる要求だとは思うが。昨日の世界柔道男子には、そういう複雑な事情もあったことだけ、お伝えしておきます。
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