読書感想『名誉と恍惚』 安倍長期暗黒政権vsベテラン作家たちの戦いについて

『名誉と恍惚』 単行本 – 2017/3/3
松浦 寿輝 (著)
Amazonの内容紹介
「ふるさとなんかどこにもないが、生きてやる。おれの名誉と恍惚はそこにある。日中戦争のさなか、上海の工部局に勤める日本人警官・芹沢は、陸軍参謀本部の嘉山と青幇の頭目・蕭炎彬との面会を仲介したことから、警察を追われることとなり、苦難に満ちた潜伏生活を余儀なくされる……。祖国に捨てられ、自らの名前を捨てた男に生き延びる術は残されているのか。千三百枚にも及ぶ著者渾身の傑作長編。」

 かつて上海が『魔都』と呼ばれた時代、第二次上海事変から数年間を描いた、純文学なのかと思ったらハードボイルド小説なのかと思ったら、結局、よくわからない、ただただ長い小説でした。イシグロガズオの『わたしたちが孤児だったころ』も同時期の上海を舞台としていて、イシグロの方を読んだ時にはあまりはっきりとわからなかった当時の上海の事情や地理が、この本を読んで、かなりはっきりしたのは収穫でした。(イシグロの小説は、そもそも子供だった頃の主人公が、上海の地理も事情もわからない、というそのことを書いているので、よくわからないのは、イシグロの意図狙い通りなのだが。)
 と言っても、この小説だけ読んで、よくわかるわけではありません。この小説を理解しようとすると、上海の地理がわからないと、何が何だがわからないことが多すぎるので、現代の上海の地図や、当時の地図をネットで調べては、「この橋か」「これくらいの距離感か」「川のこっち側か」「このあたりだな」などと調べながら読みました。
 ハードボイルド的筋立てと、「日本人とは何か」とか、「先の戦争とはなんだったのか」とかいう重たいテーマとを、ひとつの小説としてくみ上げようとした狙いは、わからないでもない。というか、ものすごくよくわかる。しかし、かなり無理のある波乱万丈の筋立てが、主人公の人物造形としての、「慎重なようで無分別。理屈をこねるわりにお馬鹿さん。いきあたりばったりのヘナチョコさ」によって進む。そのことに最後の最後まで納得できない気持ちで読んでいました。
 kindle版で買ったので、物理的本としての分厚さ、というのはわからなかったりのですが、単行本としては750ページもあって5000円以上するらしく(kindle版だと1000円以上安い)、読んでも読んでもなかなか終わりませんでした。長いです。

日本人作家による、真面目な、ヘビーなテーマを扱った、やたらと長い小説というのを、黒川創 氏の『岩場の上から』に続いて読んだわけですが。あのときの感想にも書きましたが、「意図、狙いは立派。しかし小説として、文学として、どうよ」という残念さは、この小説も共通です。なぜなのかと考えると、それは、政治的な、思想的な、日本を問い直すような小説を書かねばならないと、作家を焦らせるきわめて深刻な状況に、今の日本がある。ということなのだと思います。文学という場で生きている「作家でありかつ評論家でもあるベテランたち」が、文学の力で、なんとか、今の危機的状況に、急いで立ち向かわねばならない。その焦りと思いの強さが、「意図が先行して文学として未熟」感のある作品にしてしまうのではないかと、思うわけです。将来、文学史的にこの時代を振り返ると、「安倍長期暗黒政権に対抗しようとする、長編政治的小説が大量に生まれた時代」と呼ばれるのではないかと思います。
nice!(2)  コメント(0) 

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。