井上尚弥 ロドリゲス 戦(WBSS準決勝) 超マニアック 技術分析 [スポーツ理論・スポーツ批評]

短い試合だったので、全編をスロー再生して三回見た。ダウンシーンはスロー再生、いくつかのカメラ角度映像で、30回見た。そして分析考察した感想。

論点① 1ラウンドは井上は劣勢だった。WOWOW解説浜田剛史氏、西岡氏ともにロドリゲス10-9井上と採点している。私もその意見に賛成。どう劣勢だったかを細かく分析する。

まっすぐに打つジャブ&ストレートの打ち合いで、ロドリゲスが明確に有利。リーチがロドリゲスの方が長いだけでなく、タイミング的に「先の先」を取るのがロドリゲスはうまい。これは、井上が打とう、という気持ちになった瞬間に、ジャブを先に出して当てる、という技である。「先の先」をとって、ジャブを三回は当てている。ジャブをまっすぐ伸ばした距離で1ラウンド目はほぼ戦ったために、ロドリゲスが有利であった。
 加えて、ジャブが効果的だったために、ジャブのフェイントを右にダッキングした井上に、左ジャブから左フックに切り替えて軽く当てたり、左ジャブに体とガードを開いて左にスウェイして逃げる井上の癖をとらえて、井上の頭が移動する先に右ストレートを予測して打って、軽く当てる、というポイントを稼いだ。ダメージは全くなかったものの、攻撃の主導権をロドリゲスが取ったのは明らかであった。
 井上が主導権、先手を取って攻撃しようとしたリードブローの左ジャブはあたらず、また半分くらいはリードブローを左を、ジャブではなく、フックを打ったが、これは当たらなかった。いきなり右から放つパンチについては、一回、有効打になったものの、力んでストレートともフックともつかないパンチとなり、ほとんどがかわされた。

 ただし、一発目のロドリゲスのジャブをかわして、フックの間合いまで詰め、両者とも腕を90度より鋭角に曲げたままフックを振り合う展開になると、井上が明らかに有利であることを、井上も感知した。これはロドリゲスの方がリーチが長いためだけではない。フックの打ち方の技術的にロドリゲスがフック系のパンチはアウトサイド(相手のガードの外側)からかぶせるようにしか打てないので、井上は用意にブロックやダッキングで防御できるのに対し、井上は、フック系のパンチも相手のインサイド(ガードの腕、グローブの間)からも打てるという、技術の優劣がはっきりあることがわかる。このことが、2Rの、一回目のダウンシーンにつながる。

論点② 初めのダウンの左フックと、井上の際立ったパンチ力の秘密。

2ラウンド立ち上がり、井上はジャブストレートのワンツーを軽くヒットして「機先を制した」後は、フックの間合いにぐんぐんと入って、フック系ショートパンチを放ち合う展開に持ち込むと、一気に井上有利となった。
 はじめのダウンシーンも、フック間合いでの相手のフックをダッキングした後、右ボディをインサイドから当てた返しで、左フックを振った。このダウンを奪った左フックの打ち方が独特で、パンチの初動は肘を深く曲げたフックであるが、するどく相手のインサイドに拳をねじ込むと、肩を返して、インパクトの瞬間は肘が伸び、肩がロックしているストレートのようなインパクトの仕方になっている。
 井上の、階級の常識を超えた強烈なパンチ力については誰もが認めるところだが、その要因を分析したものをあまり読んだことがない。「すごい筋力」とか「石のように拳が硬くて痛い」とかいう幼稚な描写でごまかしているものがほとんどである。私は、井上のパンチインパクトの瞬間の肩、肘といった関節が瞬間的に「剛体化」ロック・ブロッキングして、下半身から加速された力が、相手に伝わって、打った側に戻らないことに、常識はずれのパンチ力の源泉があると考えている。パンチを打っても、関節がインパクトの瞬間にゆるんでいれば、力が自分に戻ってしまって、相手に伝わるエネルギーは小さくなる。陸上競技の走り高跳び選手の踏切や、短距離選手の足の接地の仕方の理論として「ブロッキング理論」というものがあるが、あのような、力を100%伝える瞬間的剛体化の感覚、技術が、井上は際立って優れているために、パンチ力が人並み外れて強いものと考えられる。
 井上はフック系パンチが空振りしたときには、当然インパクトしない=「ロック・ブロッキング」の機会はないので、普通に、軌道に従って「ブン」と空振りするわけだが、当たった時には「クッ」と全身を剛体化、特に肩関節を剛体化することで、全身の力を相手に伝え切り、自分の方に力を戻さないのである。その特徴が強烈に出た、初めの、顔面への左フックであった。

論点③ 二度目のダウン奪取、効いたのは左ボディフックであって、右のボディアッパーではない。

試合後の各新聞。メディアの記事で非常に気になったのが、二度目のダウンを奪ったパンチを、右ボディ(アッパー気味のフック)としているメディアが八割を占めたこと。以下に各メディアの記事をつけておくが、その一個前の左ボディフック(外側からレバーを打っているパンチ)をダウン要因としているのは、日刊スポーツのみ。ベースボールマガジン社は両方のパンチに言及しつつ、(連続写真付き。)どちらがより効いたかは判断していない。
他のすべてのメディアは右ボディーのみがダウン要因と記述している。

 二種類の角度からのダウン映像を、スロービデオで各30回見たが、初めの左ボディが非常に強くインパクトしている。ご存知の通り、左フックのレバーブローは当たってから、1秒ほどの時間差を持って、効く。「当たる」「耐えられるかな、と一瞬思う」「やっぱりものすごく痛い」「倒れる」という効き方をするものである。
 この「一瞬耐えられるかな」と思っているタイミングで、返しの右ボディアッパーが、軽く掠る(かする)ように、みぞおちやや右側からあばらを掠るように当たっている。掠るように当たっても、効くことはあるから、こちらが全く効いていないわけではないと思うが、当たってから倒れるまでのタイミングと決めの強さから見て、
左レバーブローが効く→時間差で激痛が走るタイミングで返しの右ボディが掠る→倒れる、ということが起きたものと思われる。

 二度目のダウンを「右フックで」とのみ書いたメディア、記者の目は節穴ではないか、と私は思う。

 なぜなら、あの苦しみ方は、みぞおちではなく、左フックレバーが効いたときの苦しみ方だから。レバーに打撃や蹴りを食った経験がない人にはわからないと思うし、ネットでいろいろ調べてみても、解説しているページを書いている人自身に、その経験がなさそうなので補足しておく。(私は<
恥ずかしながら、三度ほどある。)
喰った瞬間は「ん、食ったけど耐えられそう」と思った次の瞬間に、激しい痛みともに、下半身の力が抜ける。体をまるめないと耐えられない不快な痛みが広がる。「ううううううう」という声が、全く我慢できずに出続ける。肛門の力も抜けるし、上からも下からもいろいろ出そうになるが、実際には出ない。くの字に体を曲げてのたうちまわるしかない。とにかく激しく痛くて苦しい。
 ということで、あれは、初めの左ボディフックレバー打ちでこの状態になりかけたところに、追いうちの右フックがかすって当たったのである。

論点④二度目のダウンをしながら、鼻血を出しながら、苦し気に首を横に振ったロドリゲスをバカにしてはいけない。
あれが「もうできない、だめだ」という意思表示だとしたら、ロドリゲスは立たなかっただろう。あれは、コーナーに向けて、「タオルを投げるな、まだやるから、試合を止めるな」と伝えている表情と仕草なのだ。ロドリゲスのすごいところは、三度目のダウンをした後でさえ、カウント8で立ち上がって、まっすぐ立って、表情も戻して、まだ戦えるという意志を示していること。レフェリーが止めたが、ロドリゲス自身はギブアップしていない。

 以上のことから、2ラウンドで終わった試合で、井上の強さだけが際立つ試合だったが、ロドリゲスは1ラウンドには見事な戦い方をして主導権を握ったし、2ラウンドは倒されながら、チャンピオンとしてのプライドを見せた。立派な試合だったのである。


参考資料、各メディアの2回目ダウンについの記述

日刊スポーツ
「2回開始すぐにワンツーでのけぞらした井上は「当たれば倒せる」と狙いすませたカウンター気味の左フックで最初のダウンを奪った。鼻血を出したロドリゲスに左ボディーで2度目、さらに起き上がってくる相手にワンツーからの左ボディーで3度目のダウンを奪ってTKO勝ち。」

共同通信
「互角の初回を終えると、2回早々に井上が一気に仕掛ける。リング中央で右ボディーから顔面へ左フックを返すコンビネーションで痛烈なダウンを奪う。再開後、右ボディーですぐにダウンを追加。ロドリゲスはあまりの衝撃に戦意を喪失したかのごとく自身のコーナーへ顔を向けて首を振った。何とか再開に応じたものの、ロープに詰められ左ボディーで3度目のダウン。」

ベースボールマガジン社
「井上尚弥が、またしてもやってくれた。2ラウンド、左フックでロドリゲスをなぎ倒すと、左フック、右アッパーカットと、目にも止まらぬボディブロー2連打でふたたびIBF王者にキャンバスを味わわせた。  
左ボディフックか右ボディアッパーへつなぐと、ロドリゲスは2度目のダウン。「あのボディで勝利を確信した」

サンスポ
「2回だった。まずは左フックでダウンを奪うと、今度は右ボディーで2度目のダウン。最後はワンツーで3度目のダウン。たまらずレフェリーが試合をストップさせる圧勝だった。 」

スポニチ
「2回に豪打が火を吹いた。30秒過ぎに返しの左フックで最初のダウンを奪うと、49秒で右ボディーを突き刺して2度目のダウン。さらに連打から左ボディーで倒すと、レフェリーが試合を止めた。」

THE ANSWER編集部
「2ラウンドだ。開始30秒、左のショートフックでまずダウンを奪うと、右のボディーで2度目のダウン。ロドリゲスも立ってきたが、一気に詰めて3度目のダウン。膝をつかせると、もはや戦う意思は残っていなかった。

東スポ
「2R開始早々、前に出た怪物は強烈な左フックが空振りに終わるや、返しの右ボディーから狙い済ました左フック一閃。顔面にヒットすると、ロドリゲスは腰から崩れるようにダウンした。この一撃で鼻から出血したIBF王者に対し、井上は一気にラッシュ。さらに右のボディーで2度目のダウンを奪って、最後は圧巻の左ボディー。IBF王者を3度ダウンさせて圧勝した。」

ロイター
「井上は1回からキレのある動きを披露。2回の序盤に左フックで初のダウンを奪う。さらに強烈なボディーで2回目のダウン、連打で3回目のダウンを奪ったところでレフェリーが試合を止めた。」

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コメント 4

ジャカレ

僕も1Rはロドリゲス優勢に感じました。井上の方がこんなはずじゃ、、って感じのばたついたボクシングしてたように見えました。ジャブもロドリゲスの右カウンターを警戒しすぎてあまり伸びてなかった。しかしスローで見たら結構井上のフックが途中からいいタイミングで放たれてました。
by ジャカレ (2019-05-20 03:04) 

うぉたぷらねっと

ジャカレさん、おっしゃる通りです。不利劣勢の中でつかんだ打開の策を、2Rですぐに修正実行してフックの打ち合いに持ち込んだのが流石。という、冷静でわかりやすい解説を、メディアはちゃんとやってほしいですよね。

by うぉたぷらねっと (2019-05-21 09:01) 

コーノ

井上選手はステップとスタンスが独特で、2ラウンドのダウンに繋がるフックの間合いでも、相手に対してオーソドックスからニュートラルスタンスに近い形に変化させている様に見えた。特に右にダッキングする時の後ろ足の移動をやや右前方向に持ってくることで相手に対して体を開きつつ、右ボディフックから左フックを打つからインサイドに刺さるのでは?と思いました。前回パヤノ戦でもフィニッシュの右ストレートを打つ時、追い足が順突きの様に右前方向に出て反時計回りに回転することで、相手のインサイドに打ち込んだ様に見えたし。おそらくパンチの軌道も相手の予想外になるのだと思う。本人は12ラウンドをサウスポーでも闘えると言っているで、その自在さも高い修正能力に繋がっているのでしょうね。ドネア戦も早く観たい!
by コーノ (2019-05-21 21:44) 

うぉたぷらねっと

コーノさん、コメントに返信しておらず申し訳ない。なるほど、スタンスとステップか。そう、フックがインサイドからまっすぐ当たるのが、井上の著しい特徴で、その原因をコーノさんの言うステップの技術とみるのは、正しい深い分析と思います。
by うぉたぷらねっと (2019-08-29 10:17) 

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