理想のスポーツ中継としての、NHK 全日本柔道選手権について。 [スポーツ理論・スポーツ批評]

スポーツ放送の、ひとつの理想形として、私は、NHKが放送する、全日本柔道選手権があると思います。

 柔道日本一を決める、無差別級の大会です。全国各地の予選を勝ち上がった選手と、全柔連推薦の選手、合わせて42人が、日本一を争う大会です。この大会、放送しやすい理由があって、日本武道館で行われるんですが、試合場が、ひとつしかないんですね。一試合ずつ、試合が行われるんです。

 だから、放送しようとすると、そのときやっている試合を放送するしかないわけです。

 午前中から試合は始まっているんですが、テレビの中継は、まず、午後一時からBS1で始まります。二回戦の途中からになります。今年の放送も、始まった瞬間から、そのときやっている試合(加藤博剛と上林山)の試合をそのまんま放送してくれます。余計なオープニング映像も、あおりVTRもなく、すぐに試合そのものを放送します。そのおかけで、体重160キロもある上林山を、加藤が、(主戦場は90キロ級で、この日も100キロあるかないかの体重、しかし日本一の業師、ミスター全日本と柔道ファンに呼ばれている)、見事な小外刈りでぶん投げるところが、きちんと放送されます。(もし民放で放送していたら、オープニングあおりVTRを流しているうちに、この試合は放送されずに終わってしまったでしょう。)

「くだらないCG満載オープニング映像+あおりVTR」と、「業師、ダークホース加藤(実はこの後、今大会の主役になる)が、160キロの巨漢をぶん投げる試合そのもの」どちらが大切か、視聴者がどちらを見たいか、言うまでもないですよね。

 それに続いては、あの、ロサンゼルス、ソウル、二大会連続五輪金メダルの故・斎藤仁さんのご子息、まだ高校三年生の斎藤立の試合です。斎藤選手は高校では無敵の怪物のような強さ、かつ、お父さんに姿かたちも、技のかたちもそっくりということで、柔道ファン大注目の選手です。もし民放ならば、そうした「父の映像、父が子に稽古をつけている映像、高校の大会での映像、なんやかんや、親子の感動のドラマ」みたいなVTRを作って、アナウンサーもくどいほど「父、斎藤仁さんの魂が」みたいなことを、おそらく試合中30回くらい叫ぶに違いないわけですが、NHKでは、そのような余計な演出は一切ありません。淡々と試合を中継します。そして、試合は見事な大内刈りで斎藤選手が勝ち。演出ではなく、試合の中身が、斎藤の非凡な才能を見せつける。試合が終わった後に、斎藤仁さんと全日本で何度も死闘を繰り広げた山下 泰裕さんをちらっと映し、親子を共に知る国士館高校の監督のコメントを一言紹介するだけ。
 とにかく、試合がテンポよく、切れ目なく続くので、余計な演出を入れている暇がない、つぎつぎ注目選手が出てくるので、試合を映しているだけで、面白い。

 本当は、民放で放送される柔道の大会も、同じように次々と試合が行われ、演出盛り上げVTRなんて入れている暇は本当は無いわけですが、民放ではそうした演出を入れるために、本当は放送すべき大事な試合が、全く放送されないということが起きているわけです。

 試合が三回戦まで進み、ベスト16が戦っているところで、地上波NHK総合に中継が引き継がれます。今年は、BSで中継している最後の試合、佐藤和哉対熊代の試合で大事件が起きました。両者、消極的で全く技を出さず、両者ともに三階指導を取られて、両者反則負け。
 この試合を解説していた穴井隆将・天理大学監督(全日本二回優勝経験あり)の解説が立派だった。審判の指導を取るタイミングに苦言を呈しつつ、こういう試合になった両選手を厳しく批判した。
 面白い試合だけでなく、こういう、「本当にダメな試合」も放送されることが、実は大切で、「何が大切で、何がダメなのか」ということが、いい試合だけでなく、ダメな試合も見ることで、わかってくるわけです。

 さて、ベスト8がぶつかる準々決勝。
この大会で、最大の注目は、原沢久喜。リオ五輪で、無敵最強王者、フランスのリネールをあと一歩まで追い詰めて銀メダル。しかし五輪後に調子を崩し、国内でも海外でも全く勝てなくなった。それが今年に入り、復調。海外の大きな大会、グランドスラムでも優勝し、今夏の世界選手権代表の最有力候補。この大会もここまでの勝ち上がりは完璧。というようなことは、アナウンサーが淡々と説明するが、「あおりVTR」は無し。準々決勝の対戦相手は東海大四年生の太田彪雅。学生としては強豪だが、世界選手権代表争いに絡むほどの実績は無い。しかしこれが、大健闘。ゴールデンスコア迄もつれ込んだ試合は、最後、見事な一本背負いで、太田が原沢を投げる。

 これが、民放の放送で、「原沢主役」あおりVTRを
さんざん流した後に、こうなったら、「あらあら主役が負けちゃった」がっくり、となるのだが、そういう余計な演出が無いから、ものすごい熱戦で、太田が勝った、という印象が視聴者には強く印象付けられる。

 次は先ほど紹介した、業師、加藤博剛と、これも若手だが業師の影浦心。影浦は国際大会でもまずまずの成績を残しており、原沢が直前で敗れたため、この全日本で好内容で優勝すれば、もしかすると世界選手権代表の眼もあるか、という心の揺らぎがあったか。
 試合はわずか12秒、初めに組手争いをしていた流れのまま、業師加藤が、見事な支えつり込み足で、影浦を宙に舞わせて、一本。会場からも大きなどよめきが起きる。やはり、加藤は全日本では毎回、すごい、強い。

 加藤は、国内の大会、特に全日本ではめっぽう強く、100キロ級以下の選手であるにも関わらず、優勝一回、三位二回、自分より大きな選手を、巧みな投げ技寝技で仕留めて大活躍する。
 しかし、その実績で国際大会に派遣されると、なぜか、これが、からっきし弱い。たいてい一回戦二回戦でころっと負けてしまう。「国内専用選手」「全日本専用」と言われるくらい。国内と海外で強さが違う。柔道ファンはそのことを、あらためて今大会も確認しつつ、「やっぱり加藤は全日本ではめっちゃ強いなあ」と楽しむわけである。

 この加藤、やはり寝技業師で、国際大会でも活躍している女子57キロ級の角田夏美(美人選手)とつきあっているというのも話題なのだが、NHKなので、当然、そういうことには触れない。

 次は、王子谷剛志と、ウルフ・アロン。王子谷は日本選手権三回優勝だが、加藤同様、国際大会で勝負弱いため、世界選手権代表の可能性は低くなっている。しかし、国内、この全日本ではすごく強い。原沢も負けたことだし、俺が優勝だ、という気合が入った顔で登場。一方、100キロ級のウルフアロン。二年前の決勝の組み合わせである。ウルフは、100キロ級での世界選手権代表がすでに決まっていて、特に参加する必要はなかったのだが、どうしても全日本のタイトルが欲しい、日本一になりたいという思いでこの大会に臨んでいる。両者ここまで絶好調での激突。延長まで入り、ウルフが豪快な内股で一本。

 準々決勝もう一試合は、小川雄勢(小川直也氏の息子)、相手が両者反則負けでいないので、不戦勝で準決勝に上がった。

 準決勝までしばらく間があく間、ここで初めて演出VTRが入るのだが、なんと、1964年の東京五輪、というと、今まではヘーシングに負けた神永昭雄選手のエピソードや、柔道界の中心で活躍し続けた岡野功氏や猪熊勲氏が取り上げられることが多かったのだが、軽量級で優勝した中谷雄英氏の試合と現在の氏へのインタビューという渋い内容。

 そして準決勝。
業師、加藤と、大本命原沢を破った太田。業師加藤が次々と巴投げ、そこからの寝技を繰り出し、太田が膝を痛める。もう踏ん張りがきかず、加藤が見事な巴投げで一本勝ち。七年ぶりのの決勝進出を決める。

小川雄勢とウルフアロンの対決。一試合休んで体力には余裕の小川と、王子谷と延長を戦ってのウルフアロン。しかし、ウルフは本当に強かった。体重が30キロ以上重い小川を、見事な大内刈りでぶん投げて、ウルフの勝ち。

 ここで決勝まで時間があくのだが、毎年恒例、一回戦から準決勝までに出た、すべての「一本」をまとめたVTR「今日の一本」が流れる。これは、民放の柔道放送でも、ぜひ、まねをしてほしい。

注目選手、有名選手でなくても、素晴らしい技を決めて、見事な勝ちを挙げた選手のことを、日本中の柔道ファンにしっかり届ける。

サッカー番組の「今週の世界のスーパーゴール集」とか、Jリーグ番組の「今日の全ゴール」とか、古くはプロ野球ニュースの「今日のホームラン」。ああいうの、見ると興奮するでしょう。すごいなあって思うでしょう。

「有名選手かどうか」ではなく、純粋に「技としてすごい」というのを、まとめて見せてほしい。東京グランドスラムや全日本選抜、講道館杯など、民放(主にフジテレビだが)が放送するわけだが、注目選手紹介のくだらないVTRを何度も流す暇があったら、日本選手外国選手全員の、「見事な一本集」を流した方が、ずっと良い。

 「日本人の技はきれいだが、外人は力任せで柔道ではない」みたいな古臭い先入観を持っている人がまだまだ多いが、グランドスラムでも世界選手権でもオリンピックでも、日本人選手だけでない、全選手の「今日の一本」を放送してくれれば、実は、今や世界中の選手が、美しい柔道の技を使えるようになっていることがわかると思う。今どきは海外の選手もYouTubeはじめ様々な媒体で日本人選手の美しい技を研究している。また世界中の、いままであまり柔道がさかんでなかった国にも、日本人のコーチがナショナルチームのコーチになったりしている。また、日本で生まれ育った、二重国籍を持っている選手が、外国の代表で世界選手権や五輪にも出てくる。
 柔道の技にもそのときどき流行があり、日本人が最近あまり使わなくなったような古典的な技を、外国選手が研究して上手に使ったりもする。柔道が本当に世界で愛され研究されているということを知る上でも、世界選手権で外国人選手含む「今日の一本」を放送してほしいなあ。

 決勝戦は、業師加藤と、今年の世界選手権100キロ級代表、ウルフアロン。加藤は90キロ級の選手。体重無差別の大会で、100キロ以下の選手同士が決勝戦、というのは過去例がない。しかしこれも、柔道が体格でも力でもなく、技、相手の力を利用する技術、また、相手の心の動きを読んで試合の流れを作る技量、そうした総合力で戦う競技であることが証明された決勝戦の組み合わせ。

 加藤が上手な組み手でウルフの技を封じて、技が出ないが緊迫した好内容で延長に。ポイントがなくても、技が出なくても、好内容の勝負がある、ということが、穴井さんの名解説でよく伝わる。
 延長に入ると、加藤が巴投げ、ウルフの体が大きく浮くが、ウルフが空中で姿勢を制御して、ポイントなし。
 流れをやるまいと、すかさずウルフも技を繰り出す。
延長1分半になるかというとき、がっちりと組み手を制したウルフが、支えつり込み足を繰り出すと、加藤が豪快に宙に舞い、ウルフ技あり奪取。見事な優勝でした。

 ウルフの男泣きのインタビュー、その後、ウルフと加藤が和やかに語り合いながら、参加選手全員が畳に上がっての表彰式、井上康生全日本監督へのインタビューと、続いて放送終了。

ね、柔道の試合自体の魅力が100%伝わるでしょう。余計な演出はいらないでしょう。これが、スポーツ中継の理想形だと思います。。


追記

最年長33歳業師・加藤と、最年少17歳・斎藤立 の名勝負を書くのを忘れました。国士館の先輩後輩です。三回戦で激突して、体重差40キロくらいあったのですが、まずは小内巻き込みで加藤が有効を取り、試合半ば、巴投げくずれのような形で寝技に引き込んだ加藤が、斎藤の肘を極めながら裏返して後ろ袈裟固めで一本勝ち。まさに相手を「子ども扱い」して完勝でした。業師の面目躍如、この試合もあって、準優勝ではあったけれど、この大会の主役は加藤だったかなと思います。





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