今年の読書記録。『戦争まで』加藤陽子著 被害者目線ではない、戦争のとらえ方について。 [文学中年的、考えすぎ的、]

『戦争まで』歴史を決めた交渉と日本の失敗 単行本(ソフトカバー) – 2016/8/9
加藤 陽子 (著)
Amazon内容紹介から。「かつて日本は、世界から「どちらを選ぶか」と三度、問われた。
より良き道を選べなかったのはなぜか。日本近現代史の最前線。」

ここから私の感想
 前著『それでも日本人は「戦争」を選んだ』の、「高校生に語る」スタイルをさらに進めて。先の大戦に至る、内外の外交文書など大量の一次資料を中高生とともに読みながら、当時の内外情勢、意思決定に関与したそれぞれの人物の意図したことを分析考察していく。一方通行の講義ではなく、中高生との質疑応答、やりとりが素晴らしい。中高生の鋭い質問や資料の読みに、加藤先生も新しい発見をしていく。「中高生向けに平易に語った」などという生易しいものではない。(ここに参加している中高生はそこらの大人より、はるかに博識だし読解力も考察洞察力もある。)
 そして、最終的に、先の大戦に負けたことの本質、中心に何があるかに迫っていく。

 日本における、戦争に関する書物というのは「被害者、悲惨な目に合った一般庶民や普通の兵士たちを通して戦争の悲惨さを記録する」というカテゴリー、「当時の軍部の愚かしさや残虐さを告発糾弾する」というカテゴリーが多くあり、もちろんその意義は大きいのだが、それらは全体として「日本人の大半は先の大戦の被害者だった」「戦争は悪辣で愚かな指導層が引き起こしたものだ」という、戦争があたかも天災であったような、一般市民には避けようもないものであった、という「被害者視点での戦争観」を作り出してしまう。

 この本は、そういう戦争本とは、かなり異なる視点、立場で書かれている。戦争とはあくまでも人間の選択の結果として起きるものであり、その戦争までの意思決定に関与した人物=各国の国家指導者や軍幹部、外交官など官僚、天皇陛下自身やその側近らの「その人たちの書いたもの、語ったことの記録」を丹念に追い、それぞれの人物像、その当時の立場、狙ったこと、どのような選択肢の間で迷ったか、国家の意思決定の中でどのような対立意見、議論があったか、最終的にそのような選択に至ったのはどのような合理的な理由や偶然の事情や、ものごとのタイミングが重なったのかを、重層的に解き明かしていく。

 さらに言うならば、戦争に至るまでのいきさつを「軍部の悪辣さ」「かかわった人間の愚かしさ」としてテレビなどでもっともらしく語られるスタロタイプな物語やエピソードについて、資料に基づき、そうではなかった可能性、各部署各立場の人間の多くは極めて合理的に判断をし、未来も的確に予測していたことを明らかにしていく。ならば、どこで、なぜ、間違ったのか。

 「戦争の悲惨」について書かれた本、語られるテレビドキュメンタリーなどの方に多く接している私としても、そういう悲惨さと、こうした「意思決定者の側の事情や考え」の関係をどうつなげて飲み込んでいいのかは、どうもはっきりした考えを持ちにくい。
 指導層の、当時の考えや言動行動を見ても、結果としての「誤り」「弱さ」はあれ、極端な「悪意」や「愚劣さ」があったようには思えない。それは、今、私が日常接している「企業の戦略を考えている企業幹部」が、さまざまな意思決定をする。それについて戦略を立案する参謀役含め。多くは有能で善良な人たちが、真面目に職務に当たっている。その中で競争相手との戦いに、勝ったり負けたりする。時になんらか不祥事トラブルをその企業が起こすことを経営者や戦略参謀として防げなかったりするが、そうであっても、極端な悪意があることはほとんどない。。「国家、戦争」という場面でも、「各個々人の行い、できること、やっていること」でいえば、そんなに大きな差があるわけではない。
 企業戦略と異なる点があるとすれば、自分の決定により多くの人の命をやりとりすることになる、という点。また同時に、戦前の日本では多くの政治家に対するテロがあったために、意思決定にかかわることは自身の命の危機がリアルにあった。(天皇でさえも。)。とはいえ「命がかかっているから」といって、やはり意思決定のためにできること、やることに大きな違いは無いのである。情報の収拾と分析。いくつかの妥当なシナリオを立てる。その優劣を比較する。関与者の意見を聞く。交渉する。(提案し、議論する。) 個人として交渉相手や協力者に信頼されるようにふるまう。そうした当たり前が、どこでどう機能しなくなるのか。
この本の結論としては、「英米側の掲げる戦争目的が、最強の資本主義国家の彼らにとって有利なルールであったのはもちろんです。そして戦争の途上で、英米側の戦争目的に共鳴できる国家を募り、増やしていって、最後に、のちの国際連合の基礎にしていく。自らの利益の最大化を図りつつも、他のものもその道に仮託することで利益が得られるように配慮すること、そのような行為を、普遍的な理念の具体化、というのではないでしょうか。日本の場合、この、普遍的な理念を掲げることができませんでした。」というあたりに収れんしていく。こうした視点で、歴史とともに、今の政治を考えるきっかけにもなる本でした。

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